末梢神経ブロック

末梢神経ブロックの実施症例数は着実に増えています

上の表をご覧ください2016年から統計を取り始めた、ある数についての記録です。なんの数字か、わかりますか?

この数字は、当院で行った上下肢手術の末梢神経ブロックの総数です。体幹ブロックの数は含めていません。

当院は、整形外科の外傷および人工関節手術が豊富にある病院です。私達は、これらの手術に対して、積極的に末梢神経ブロックを行っている、ということを示す数字だと考えています。

さらに、当院では年間を通しておおよそ2400~2500件程度(この数年間、少しずつ増えています)の麻酔科管理症例を抱えています。上記の末梢神経ブロック症例数には、上述のとおり、体幹ブロック、たとえばTAPブロックや腹直筋鞘ブロック、さらには最近流行の脊柱起立筋膜面ブロック(ESPB)などは含んでいません。さらに、前の項目にありました、脊髄くも膜下麻酔や硬膜外麻酔の症例も含んでいません。そう考えると、全症例数に対して、かなりの数の末梢神経ブロック経験数ではないかと自負しています。

まず、当院では麻酔科管理の上肢手術は、ほぼすべて腕神経叢ブロックを行っています。肩~上腕骨頚部の手術は斜角筋間ブロック、上腕~肘手術は鎖骨上ブロック、手の手術には腋窩ブロックを行います。

斜角筋間ブロック

鎖骨上ブロック

腋窩ブロック

動画リンクはすべて NYSORA(New York Society Of Regional Anesthesia)です。


局所麻酔の投与量

局所麻酔薬は次のようにおおよそ決めています。

上肢手術における局所麻酔薬の使用例

ご覧いただければ分かる通り、量はかなり控えめです。斜角筋間ブロックに高濃度、少量の局所麻酔薬で管理するのは、横隔神経麻痺をできるだけ予防したいと考えているからです。また、正しい手法で行えば、鎖骨上ブロックや腋窩ブロックともに、少ない量の局所麻酔薬で十分に効果を発揮できます。こういった量の検証や効果の検証を過去から積み上げ、現在の診療に役立てているのは当院の強みです。

上肢の手術のうち、肩腱板修復術には、持続腕神経叢ブロックカテーテル挿入を行っていますが、頻度は少ないです。

持続腕神経叢ブロックカテーテル挿入①

持続腕神経叢ブロックカテーテル挿入②

下肢の手術は、外傷手術の多くは脊髄くも膜下麻酔で行われますが、脊髄幹ブロック非適応の患者さんや、TKAの患者さんには、末梢神経ブロックが行われます。当院のTKA患者さんのブロックのメニューは次のとおりです。

TKAにおける局所麻酔薬の使用例

当院では、末梢神経ブロックによる下肢運動障害をできるだけ少なくするため、より末梢に特化したブロックを実践しています。内転筋管ブロック(大腿三角ブロック)や膝窩神経叢ブロックの単回注入を採用し、術後はProspectの推奨に基づき、アセトアミノフェンやNSAIDsの定期的投与を基本として、適宜レスキュー鎮痛薬を常備し、また再度の末梢神経ブロック施行の相談にも乗っています。

内転筋管ブロック(大腿三角ブロック)

過去には持続大腿神経ブロック(持続内転筋幹ブロック)も行っていましたが、コストが掛かりすぎること、単回注入法に比べて目立った優位性が見られないことから、ルーチンには行わず、特殊症例にとどめて行っています。

 

ごく小さい傷で終了する腹腔鏡手術(胆嚢、虫垂、卵巣、膣式子宮全摘)や、ごく小切開の開腹手術では、原則として全身麻酔に合わせて末梢神経ブロックを行っています。ほぼすべての症例で、TAPブロックと腹直筋鞘ブロックの併用で行っており、おおよそ下記のように局所麻酔薬を用いています。

体幹ブロック(TAPブロック、腹直筋鞘ブロック)における局所麻酔薬の使用例

体幹ブロックは上下肢の神経束ブロックに比べて、どうしても局所麻酔薬の使用量が多くなりがちです。正確な体重の把握と、やや薄めの局所麻酔薬をしっかり筋膜面に広げて投与するという考え方でブロックを行います。不慣れな場合は、もっと局所麻酔薬を希釈し、薬液注入ボリュームを増やして行うことも検討します。

 

当院では、いま積極的に議論されているESPBは、積極的に行っていません。科学的な検証を目的として一時的に導入しましたが、一部の海外論文が報告するとおり、あまり期待できる結果が見られなかったため、一部の症例で必要と判断されるときのみ行っています。(Lonnqvist PA, et al. Reg Anesth Pain Med 2021 ;46:57-60. など) 闇雲に新しいものばかりを追い求めるのではなく、本当に有効で必要なものを、確実に行うことも、私達の仕事では重要だと考えるからです。