区域麻酔の注意点

区域麻酔は周術期管理に大変有効な手段です。全身麻酔単独による管理に比べて、周術期のオピオイド使用量を減らすだけでなく、麻酔管理に伴う有害事象を減少させ、術後回復力を向上することが広く知られており、積極的に用いるべき手段です。

しかし、局所麻酔薬が劇薬であることは否定できない事実です。そして、手技に伴う合併症にも注意しなければなりません。

当院では、こうした区域麻酔の合併症を可能な限り減少させ、また万が一発生しても、患者さんの不利益ができるだけおこらないように、細心の注意を払っています。


局所麻酔薬中毒

末梢神経ブロックの局所麻酔薬使用例を御覧いただき、気づかれたことがあるはずです。それは、末梢神経ブロックを少なめ、薄めで行っていることです。

高濃度の局所麻酔薬を多量に投与すれば、神経束から遠く離れたところから注入しても、神経束に届いて効果が持続するでしょう。投与量が多ければ、持続時間の延長も期待できます。しかし私達は、局所麻酔薬中毒の怖さを知っています。局所麻酔薬中毒は、放置していると患者さんに大変な有害事象を起こす、恐ろしい合併症です。全身麻酔管理を併用していると、意識レベルの変化や、見た目の血行動態などが全身麻酔でマスクされ、その発生がわからないことがあります。私達は「全身麻酔を継続しているうちに血中濃度が下がるから大丈夫だ」という考え方は一切しません。局所麻酔薬の投与量は常識的な量にとどめ、過剰な量を投与することがないように注意を払っています。

また、末梢神経ブロックを術後に行うことも、特別な事例をのぞいて避けています。なぜなら、手術が終了したあとに末梢神経ブロック、特に局所麻酔薬投与量が多くなりがちな体幹ブロックを術後に行うと、その血中濃度が最高値になるのは、次の図が示すとおり、おおよそ2-30分後、すなわち手術が終わって病室に帰室したころなのです。

リドカイン400mg投与後の血中濃度(Raj [ed]. Textbook of Regional Anesthesia. New York: Churchill Livingstone; 2002.を改変)

これらのことから、末梢神経ブロックは、必ず術前に行っています。どうしても術後に行わなければならない事態の場合には、局所麻酔薬の濃度を半分~3分の2程度に希釈して行っています。

また、局所麻酔薬中毒を撲滅すべく、当院では、アメリカ局所麻酔学会(ASRA)局所麻酔薬中毒ガイドラインや、日本麻酔科学会局所麻酔薬中毒への対応プラクティカルガイドに基づき、安全な区域麻酔施行を徹底しています。そして、各外科系執刀医が局所麻酔を用いて手術を行っている際に、万が一局所麻酔薬中毒を引き起こしたときにすぐに対応できるように、各部屋にパニックカードを準備して、有害事象発生を抑止しています。

当院の局所麻酔薬中毒発生時のパニックカード


神経障害

脊髄くも膜下麻酔、硬膜外麻酔、末梢神経ブロックのいずれも、専用の針を用意しております。そして、それらの針を用いた際の神経障害のリスクは、数千~数万分の1と、非常に少ないものです。しかし、万が一神経障害を起こした場合、術後に不快な自覚症状が継続したり、運動機能が低下してリハビリテーションに支障が出たりすれば、周術期の良質な管理のために行った区域麻酔も台無しになってしまいます。

脊髄くも膜下麻酔や硬膜外麻酔によって引き起こされる神経障害は、脊髄幹における血腫の形成はリスクとして大きく、見逃せません。よって、当院では、日本ペインクリニック学会・日本麻酔科学会・日本区域麻酔学会合同「抗血栓療法中の区域麻酔・神経ブロック ガイドライン」を適正に運用し、区域麻酔施行時の血腫形成や出血事象を未然に予防するようにしています。

神経障害は、予防とともに、即時対応も重要です。区域麻酔を施行した症例は、可能な限り当日中に術後経過を確認し、更に翌日朝に術後診察の際に必ず運動や感覚の機能を正確に評価します。万が一神経障害が発生したとしても、速やかに神経障害を発見診断し、すみやかに治療を開始することで、神経障害による患者さんへの不利益を最小限にできると考えているからです。

また、当院にはたくさんの仲間、指導者がいます。区域麻酔は、手技をやっているときに、どうしてもうまく行かないときがあります。そんなときに、夢中になって何度も穿刺をすることは、望ましくありません。先輩や仲間に代わってもらった途端に、うまく施行できたなんてことはよくあります。困ったときに教えてくれる先輩もいます。


感染対策

皆様は当然行っていると思いますが、区域麻酔の施行時は正しい感染対策が必要です。区域麻酔を行う部位には、1%クロルヘキシジンアルコール(過敏性のある患者さんにはポビドンヨード)を用いて適切に消毒します。また、針は清潔な専用針を用いて、穿刺時は必ず滅菌プローブカバーを用いて、穿刺そのものを清潔に、さらには交差感染も防ぐようにしています。

施行者は必ず滅菌手袋、およびサージカルマスクをしますが、特殊な事例を除いて滅菌ガウンはする必要はないとされています。

2020年以降のCOVID-19 Pandemicの際に、区域麻酔は、全身麻酔に比べて、エアロゾルの発生リスクが少ないことで、改めて注目されました。COVID-19感染制御を前提にした感染管理でも、適切な個人用防御具(PPE)のほか、マスクは一般的なサージカルマスク、超音波装置による交差感染を防ぐためカバーを付けることが求められており、滅菌ガウンについては言及されていません。(COVID-19 guidance for regional anesthesia, A Joint Statement by the American Society of Regional Anesthesia and Pain Medicine (ASRA) and European Society of Regional Anesthesia and Pain Therapy (ESRA)より。


おわりに

当院は、区域麻酔を、麻酔科医が行うべき周術期管理の幹の一つと考えています。区域麻酔の可能性は無限大です。そして、安全で確実な手技の施行こそが、最も大切なことであると考えています。

当院は、流行に踊らされることなく、エビデンスに基づいた、確実な区域麻酔の知識の習得と、技術向上を目指している施設です。症例はたくさんあります。ぜひ皆さん、当院で区域麻酔の世界に飛び込んでみませんか。

文責:酒井規広